友だちどうし
小川未明
乳色の冬の空から、まぶしいほど、日の光は大地へ流れていました。風のない静かな日で雪のない国には、やがて、春が間近へやってくるように感ぜられるのでありました。
年ちゃんは、紅茶の空きかんの中へ、ガラスのおはじきを入れていましたし、正ちゃんは、ほうじ茶の紙の空き袋の中へ、ガラスのおはじきも入れていれば、また、秋の暮れにお宮の大きな木の下で拾った、銀杏の実も入れていました。
毎朝、洗い清められる玄関の外のアスファルトの上に、二人はしゃがみながら、たがいにおはじきを出して見せ合ったり、取りっこをしたりして、遊んでいました。年ちゃんの持っている、青い色のおはじきは、町へお母さんといっしょにお使いにいって買ってもらったもので、眼鏡のようにして、すかして見ると、空も、家も、木も、うす青く、遠く、遠く、なって見えるので、年ちゃんは魔法の眼鏡と自分で呼んでいる、大事な、そして、好きなおはじきでありました。また、正ちゃんの銀杏の実は、自分が木から落ちたのを拾って、いいのだけを択んだもので、たとえおはじきを五個でも、一粒の銀杏の実とは換えがたい貴いものでありました。二人は楽しそうに、自分のものを出したり、入れたりして、自慢しあって、仲よく笑っていたのです。
そこへ、見知らぬ、一人の少年がやってきました。
「なにしているの?」と、さもなつかしそうに、少年は、いい寄りました。
「おはじきをしているのだよ。」と、年ちゃんが、少年を見ました。
「僕も、仲間に入れてくれない?」と、少年は、頭を傾けて、二人の顔を見たのであります。
いかにもその少年は、弱々しそうであり、さびしそうでもありましたから、「ああ、お入りよ。」と、正ちゃんがいいました。
少年は、喜んで、二人と並んで、アスファルトの上へしゃがみました。
このとき、年ちゃんが、「君の家は、どこだい?」と、少年に、ききました。
なぜか、少年は、恥ずかしそうにして、だまっていました。
「町の方?」と、正ちゃんが、いいました。少年は、だまって、ただうなずきました。
「僕に、おはじき三個ばかり、貸してくれない?」と、少年は、正ちゃんの顔を見ました。
「君、おはじき持っていないのかい。」と、正ちゃんは、少年にいって、年ちゃんと相談するように顔を見合わせました。
「どうしたら、いいだろう?」と、心に思ったからです。断るのも、なんだか意地悪に感ぜられるし、また、これまで話したこともない、少年が、おはじきを持たずに、仲間へ入れてくれというのも、ずるいような、まちがっているような、気がしたからです。しかし、おはじきの上手な年ちゃんは、自信を持っていました。
「いいから、貸しておやりよ。正ちゃんが二個、僕が二個、貸してやろうよ。」と、年ちゃんが、いいました。
「貸してくれる? ありがとう。」と、弱々しい、青い顔の少年は、急に目を輝かして、お礼をいいました。
「だが、君が、負ければ、もう貸してやらないから。」と、年ちゃんが、念を押しました。
「いいよ、僕が、負ければ、もう貸してくれといわない。そして、今度きたときに借りたのは返すからね。」と、少年は、答えたのです。
「いいから、しようよ!」と、正ちゃんは、元気でありました。
三人は、輪になって、おはじきをはじめました。しかし、その少年は、恐ろしく感じたほど、おはじきがうまかったのです。年ちゃんと正ちゃんが、いくら戦ってもさんざんに負かされてしまいました。最後に年ちゃんの大事にしておいた、青いおはじきも、また、正ちゃんの持っていた銀杏の実も、すっかり少年に取られてしまって、少年は、ただ借りた四個だけをアスファルトの上へ残して、あとのさらった分をポケットに入れると、
「さようなら。」といって、さっさといってしまいました。
年ちゃんと、正ちゃんの二人は、ものもいえずに、泣き出しそうな顔つきをして、少年の後ろ姿をうらめしそうに、見送っているばかりでありました。
* * * * *
少年の姿が、見えなくなった時分、あちらから英ちゃんが、ボールを空へ投り上げながらきました。そして、年ちゃんと正ちゃんが、元気なく、ぼんやりとしているのを見て、
「どうしたの?」と、英ちゃんは、ききました。二人は、少年の話をしました。すると、
「どっちへいった? 卑怯のやつだ! 僕が、取り返してきてあげるよ。」といって、英ちゃんは、駆け出しました。
町の方へつづく道には、人影が、ちらほらと見え、チンドン屋の音などがして、にぎやかそうでした。
「英ちゃんは、強いから、けんかをしたって、負けはしないね。」と、正ちゃんが、心配しながら、いいました。
「僕だって、あんな奴、やっつけられるんだよ。」と、年ちゃんはいって、なぜもっと早く、この勇気が出なかったものかと後悔しました。
二人は、英ちゃんの後を追って、町の方へ駆け出したのであります。
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