「あツ、大變。
駕籠の戸を押しあけた
「何?」
「そんな馬鹿なことが」
伊賀屋源六が大地を這ひ廻る後ろから、六つ七つの提灯は一ぺンに集まつて、駕籠の中を
中には當夜の花嫁、浪人秋山佐仲の娘お喜美が、晴着の胸を紅に染めて、角隱しをした首をがつくりと、前にのめつて居るのも痛々しい姿でした。
その癖襟から頬へかけて流れる美しい線が、青白い影を作つて、宇田川町小町と
「何? 娘が?」
花嫁の父親秋山佐仲は、後ろの方から、轉げるやうに飛んで來ました。さすがに武家の出だけに、一人娘の嫁入りの儀式に
花嫁化粧念入りに仕上げた顏は、
傷は左乳の上、薄物の紋附は紙よりも
「娘。これ、どうしたことぢや」
父親の佐仲は、血潮に汚れるのも構はず、娘の身體を駕籠から抱きおろしかけましたが、フト其處が――娘が今宵嫁入る筈の、彌左衞門町の田原屋の店先だつた事に氣がつくと、
「恐れ入るが、田原屋殿。此まゝ立ち
「御尤も。恐れ入りますが、此方からお入りを願ひます」
田原屋久兵衞は先に立つて、路地の奧から裏口へと案内したのです。さすがに店先から、商人の家へ死骸を入れる氣にはならなかつたのでせう。
死骸は二人の駕籠屋に持たせて、後からお喜美の父親秋山佐仲と、仲人の伊賀屋源六夫婦、それに當夜の聟――田原屋の伜田之助などが續きました。
死の花嫁は、斯うして新聟の家へ、冷たい
時は六月二十三日、場所は本郷一丁目の大地主、田原屋久兵衞の家。宇田川町小町と言はれた浪人秋山佐仲の娘お喜美は、斯うして花嫁衣袋を
「親分、こいつは江戸開府以來でせう」
驅け付けた八五郎は、手振り身振りでこの一
「お前に言はせると、
錢形平次はそんな事を言ひ乍らも、さすがに事件の重大性を見拔いたらしく、女房のお靜に晩酌の膳を引かせると、手早く支度に取りかゝりました。
「でも、花嫁が駕籠の中で殺されるなんざ江戸開府以來でも
「古渡りの江戸開府以來は嬉しいな。さア出かけようぜ」
平次は先に立つやうに、夜の本郷臺へ急ぎました。夏場のことで、表通りの店はまだ開いて居りますが、
「此處ですよ」
八五郎は田原屋の横の路地を入つて、庭木戸から案内しました。まだ歸りもやらぬ花嫁行列について來た人達や、當夜招かれた親類達は、消し殘つた提灯に三々五々額を集めて、顏見知りの錢形平次に默禮などを送つて居ります。
「御苦勞樣で、錢形の親分」
丁寧に挨拶する主人の久兵衞に輕く
一應床の上に横たへた花嫁のお喜美は、角隱しを取つて
「錢形の親分か、――此通りだ。よく見て下され、――娘の無念を晴らし度い」
「五丁目の
主人の久兵衞は背後から言葉を添へます。
平次は死骸に近寄つて、顏の
胸――左乳の上の短刀は拔いて、白紙に包んだまゝ床の側に置いてあります。檢屍前はこの
「これは、お孃樣の品に相違ないでせうな」
平次は秋山佐仲を
「母親の形見――娘の嫁入り道具の一つに相違ないが、家を出るとき忘れたとやらで、仲人の伊賀屋さんが、
秋山佐仲の話は次第に落着きを取戻して、事務的に進みます。
「?」
「へエ、私がその仲人の伊賀屋源六で、――秋山樣の仰しやる通りでございます。宇田川町を出たのは暗くなりかけた時分でございました。フト見ると、お孃樣のお部屋に、女持の懷劍が殘つて居りましたので、あわててまだ庭に居る駕籠の中へ入れて差上げました」
伊賀屋源六は辯解らしく言ふのです。そんな事で、つまらぬ疑ひを受けては
「その時、お孃さんは何か言はなかつたかな」
「有難うと仰しやつた樣子で」
「
「へエ、――親御の秋山樣は浪人者の娘が嫁入りするのに街の明るいうちから、麗々しく練り出すわけにも行くまいと仰しやつて、行列を揃へたまゝ、暫らくお庭で待つて居りました、――左樣、動き出したのは四半刻も經つてからでせうか」
伊賀屋源六の言ふこともよく行き屆きます。四十五六の一克者らしい男ですが、芝口に數代住み古りた
「それつきり、嫁御の無事な姿を見たものはないのかな」
平次はさり氣なく
「行列が動き出さうとする時、乘物の
「
「細目に開けました」
「その時花嫁に變りはなかつたのか」
「いつもの通り、お元氣でございましたよ。ニコニコして」
それは仲人伊賀屋源六の女房お國でした。四十二三の世話女房で、世帶やつれはして居りますが、何んとなく見よげです。
「すると花嫁は、今晩の祝言を喜んで居たわけだな」
「それはもう、――本人が望んで來たくらゐですもの」
お國は妙に
「お神さんが裾を直すとすぐ駕籠が上がつたのだな」
「左樣でございます」
「それから宇田川町から本郷まで、遠い道を一刻もかゝつて
「?」
「すると、お神さんに妙な疑ひがかゝるのだが――」
平次は
「飛んでもない。親分さん、私が――」
女房はあわてて打ち消しましたが、何を思ひ付いたか、急に勢ひ込んで、
「さう/\さう言へば芝口で、仙臺樣御忍びの行列に逢ひましたが」
「夜分にお忍びの行列?」
「本所お下屋敷からのお歸りだつたさうで」
それはありさうなことでした。
「その間花嫁の駕籠は?」
「
「その路地の中には、人が多勢居たのか」
「十五六人は居たやうでございます――でも」
お國は何やら言ひかけて口を
「場所は」
「仙臺樣の屋敷横、自身番のところで」
「宇田川町から駕籠に附いて來た人達は、皆んなその路地の中に居た筈だな」
「いえ、路地の中に居たのは二三人で、あとは往來に
百萬石も
「その時誰か、嫁の駕籠の傍に近寄つた者はないのか」
「さう言へば、芝口のやくざで、磯の安松といふのが、ウロウロして居りましたが――」
お國の言葉には、いろ/\に取れる意味があります。
「ところで、この守り刀の
平次は、血染の短刀と並べてある、
「花嫁の膝の上にございました」
代つて答へたのは、仲人の伊賀屋源六でした。平次はそれを輕く聽いて、死骸の傍に近々と寄ると、靜かに花嫁衣裝の胸をくつろげます。
血潮は
「八、これを見ろ」
平次は身を開きました。
「え、エ、?」
八五郎には何が何やら解らない樣子です。
「傷口が二つあるよ。二つとも
「――」
八五郎は懷ろ紙を取り出すと、佛の前の水に濕して、娘の胸のあたりを靜かに拭きました。と、一つと見えた傷が、喰ひ違つて
「錢形の親分」
外へ出ると、庭の薄暗がりから出て、そつと平次を呼び留めるものがあります。
「――」
振り返る二十二三の若い男、緊張した青い顏が、間伸びがして少し長く、
「あの野郎を縛つて下さい。駕籠の中の花嫁を刺し殺すやうな野郎は、
田之助はさう言ひ乍ら、自分の言葉に興奮して、ガタガタと胴顫ひをして居るのです。待ちに待つた嫁、親に無理を言つて貰つた嫁が、死骸になつて來たのでは、全く泣いても泣ききれなかつたでせう。
「あの野郎とは誰のことだ」
平次の問ひは冷たく素氣ないものでした。
「磯の安松の野郎ですよ、あん畜生は身の程も知らずにお喜美さんを追ひ廻してゐました。三文
「――」
田之助は身を揉んで
「その上あの野郎は、お喜美さんが此處へ嫁入りすると話がきまると、――それが本當なら生かしちや置かない――と、お喜美さんへ
「それをどうしてお前さんは知つて居なさるんだ」
平次は反問しました。
「お喜美さんから聞きました」
「嫁入り前の?」
「嫁入りの時は死んで居た人ですもの、嫁入り前に極つて居ます、――私とはもう三月も前から――」
浪人しても武家の娘と威張つたお喜美が、やくざの安松から
「外に、お喜美さんに言ひ寄つた男や、嫁に欲しいと言つた男はないのかな」
「それはもう、
「大したことだな」
「それもその筈で、あのきりやうで、愛嬌があつて、一と眼見た男は、誰でも夢中にさせられてしまひました」
田之助の話は萬更の形容とも思はれません。花嫁のお喜美が本當にそんなに騷がれた娘だつたとしたら、これは餘つ程考へなければならない事です。
「なア八、お武家の一人娘だぜ。十八や十九と言へば恥かしい盛りだ。
田之助が
「そんなものですかね」
「
「合點ツ」
「ま、待ちなよ。今直ぐといふわけぢやねえ、差當り此處で聞けるだけは聞いて行き度い。第一、あの駕籠を見て置かなきや――」
「磯の安松とか言ふ野郎を擧げてしまひませうか」
「それも宜からうが、急ぐには及ぶまい」
平次は言ひ捨てて、路地の中に
「ちよいと、提灯を貸してくれ」
「へエ」
駕籠屋が差出した提灯を受取ると、平次は駕籠の中に頭を突つ込むやうにして、念入りに調べました。
「ひどい血ですね、親分」
後ろから覗く八五郎。
「この血の中で、死骸の膝の上にあつたといふ、短刀の
「へエ?」
「その癖拭いた樣子もない、――鞘には泥が附いて居るくらゐだから」
平次は何やらむづかしい方程式を考へて居る樣子です。
「仲人の伊賀屋夫婦の外には、嫁の駕籠を覗いた者もないやうですが、――どうして短刀を胸に突つ立てたんでせう」
「それが解れば、
「駕籠の扉の開いたところを狙つて、遠くから弓かなにかで短刀を射込んだのぢやありませんか」
八五郎は妙なことに氣が付きました。
「やつて見るが宜い、短刀は花嫁の胸へ前から突立つて居るんだぜ。扉の開いたところを射込んだのぢや肩か
「へエ、さう言つたものですかね」
八五郎の結構な智惠も、これでおぢやんです。
「さて、それでは引揚げるとしようか」
平次は斯んなことで見切りをつけた樣子ですが、八五郎はまだ何やら
「こんなにひどい血だから、駕籠の外へもこぼれたでせう。血の跡を逆に
八五郎はもう一つ結構な智惠を持ち出しました。
「素的だ、化物退治にそんな筋のがあるぜ、――血の跡を慕つて行くと、
「へエ?」
「ところが、草鞋は綺麗だ。血なんか附いちや居ないだらう」
八五郎は提灯を突きつけて見ましたが、一丁人の駕籠屋の草鞋には泥の外には何んにも附いては居ません。
「でも、駕籠からひどく血が
「いや、此處へ來てから一刻近くなるんだ、その間に滲み出したのだよ。座布團は厚いし、駕籠はガタガタの辻駕籠ぢやない。念入りに拵へた
「そんなものですかね」
この結構な智惠も又ローズ物になつてしまひました。
「若い衆の肩に訊いて見る外はない――お前達が此處へ來る間に、何んにも氣が付かなかつたのか」
平次は改めて駕籠屋の方に向き直りました。
「へさ、さう言へば、若いお孃さんにしては、少し重いやうに思ひましたが」
後棒の老巧なのが小首を
「少し重い? 最初からそんな心持だつたのか」
「へエ、宇田川町を出る時から、そんな氣がしました」
「
八五郎は横合ひから餘計な
「馬鹿野郎、場所柄つてことを知らねえのか」
手ひどく平次にたしなめられました。
平次は明神下の家へ引揚げて、ひと息つくと、間もなく八五郎がやつて來ました。この男が仕事に夢中になると、晝も夜中もありません。
「親分、いろ/\のことがわかりましたよ」
「まア、一杯やり乍ら落着いて話せ。何がわかつたんだ」
一度片付けた晩酌の膳を出して、
「あの磯の安松の野郎を早く縛らなきや」
「どうしたといふんだ」
「あの野郎が秋山の娘と出來て居たんださうで――尤も三文
「フム」
「秋山佐仲といふ浪人者はまた大變な野郎で、――昔々の大昔は武家だつたかも知れないが、何處の藩の
「フム」
「その娘のお喜美が、宇田川町小町と言はれたきりやうだから、こいつは唯ぢや濟みませんよ。最初は伊賀屋の
「待つてくれ。そいつは田原屋へお喜美を嫁入りさせた
「その通りですよ。伊賀屋源六は芝口で代々の質屋だが、近頃いろ/\の手違ひで、恐しく左前だ。何んかの
「――」
「田原屋の伜、あの
「で?」
平次は靜かに先を
「磯の安松と、伊賀屋の源三郎と、兩手に花とふざけて居たお喜美が、――親の秋山佐仲の入智惠もあつたことでせうが、本郷で指折りの
「――」
「息子の冬瓜野郎が少しくらゐ陽當りが惡くたつて、三文
「伊賀屋と秋山佐仲は前から知つて居るのか」
「お客樣で相談相手で、
「成程な」
「お喜美が伊賀屋の伜と安松を振り捨てて、いよ/\田原屋へ嫁入りすると決つた。伊賀屋の伜源三郎は諦めもするでせうが、磯の安松は
「待つてくれ、八。さう言ふと仙臺樣が磯の安松に
平次は横槍を入れました。
「其處がそれ都合よく、あの路地のところへ差しかゝつた時、仙臺樣が――」
「物事はさう都合よく行くものぢやないよ――仙臺樣が折よくお忍びで通りかゝつたにしても、路地の中に入れた駕籠には二三人の人が付いて居た筈だ。その隙を狙つて扉を開けた上、花嫁の
「へーツ」
八五郎も少し困りました。
「その上、花嫁の膝の上へ、行儀よく
「でも、親分。あの野郎は――」
「まア宜い、行つて此眼で見る外はない」
錢形平次は何を考へたか、立上がつて出かける支度にとりかゝるのでした。
「お前さん、もう上野の
女房のお靜は驚いて見上げました。ツイぞこんな事を言つたことのないお靜ですが、眞夜中から出かける夫をさすがに案じないわけに行きません。
「御用に早い遲いはないよ、――人一人の命にも
言ひ捨てた平次、八五郎を
芝口の路地――花嫁の駕籠を入れたといふあたりを搜し當てた平次と八五郎は、提灯を振り照らして念入りに調べて見ましたが、血潮の跡は
念のため、辻番で訊いて、磯の安松の家を叩き起して見ると、本人はまだ寢もやらず、
「何んだと、錢形の親分だ。へツ、親分が聽いて呆れらア、安岡つ引のくせにしやがつて、――秋山のお喜美が殺されたのを調べたきや、芝か品川へかけて、五十人もの男を
まさに大虎です。格子の中へ首を突つ込んだ八五郎は引つ込みがつかなくなつて眼を白黒して居ります。
平次は其處を宜い加減にきり上げて、宇田川町の秋山佐仲の浪宅に向ひました。
娘喜美の死體は、檢屍が濟むと直ぐ宇田川町に運んでその晩はそのまゝ、親類と近所の衆とでお通夜を
「錢形の親分か、娘を殺した奴の見當でも付いたのかな」
秋山佐仲は持前の愛嬌をかなぐり捨てて、恐しく無愛想に平次を迎へました。
「まるつきり見當もつきません。が、今夜のうちに一應調べたいことがありますので」
「さうか、勝手にするが宜い」
秋山佐仲はそつぽを向いて、線香などをあげたり口小言でも言ふやうに念佛を稱へて居ります。
「八、庭を見度い。提灯を貸せ」
平次はそれに構はず、庭へ降りて
「――この泥だよ、八、守り刀の鞘に附いて居たのは。壁の
平次は庭土を指でつまんで、八五郎に見せて居ります。
「すると、どんな事になるでせう」
八五郎には、それが何んの意味ともわかる道理はなかつたのです。
「家の中へ入らう。
平次はもう一度家の中に入ると、お通夜の衆に交つて四方を眺めて居りましたが、部屋の隅にある
紙の上には、明らかに古くなりかけた血液が
「仲人の伊賀屋さんが、守り刀を見付けたといふのは、此箪笥の上でせうな」
平次は主人の秋山佐仲に訊ねました。
「左樣」
主人の答へのブツ切ら棒さ。だが平次はそれに滿足したらしく、
「その伊賀屋さんはどうしました。見えない樣ですが」
「お通夜に仲人は無用だ。妙な事を思ひ出させて困るから、先刻歸つて貰つたよ」
秋山佐仲は何を下らぬ――と言つた調子です。
芝口の質屋、――伊賀屋に行つたのは、もう
「さて、伊賀屋さん、二人揃つて、あつしのいふことをよく聽いてもらひ度い――あつしには花嫁殺しの
「今晩、
「――」
「その男は庭の暗がりの中で駕籠の中の花嫁に
「――」
「お前はそれを見た。下手人を
「――」
「夫の樣子がをかしいので、お神さんはすぐその後で、花嫁の
「いえ、それは」
お國はあわてて口を
「それに、萬一の場合は、伜の罪を引受けるつもりで、死骸の膝の上にあつた守り刀の短刀を拔いて、力任せに死骸の胸に突き立てた」
平次は靜かに言ひきつたのでした。
「それが惡かつたでせうか、錢形の親分、――でも、あの女を殺したのは、この私に違ひないんです。伜や家の人は、何んにも知りやしません。さア、私を、この母親を縛つて下さい」
源六の女房のお國は、自分の手を後ろに廻して、平次の方に詰め寄るのです。それは平次も持て餘した程の、無智で、
「――行列は本郷一丁目の田原屋の門口へ着いた時、主人は素知らぬ顏をして駕籠の扉を開け、芝居染みた仰天振りを見せた」
平次はそれを拂ひ過けるやうに語り進みます。
「もう澤山。さア、親分。私を、この私を縛つて下さい」
「靜かに、お神さん、――隣り部屋で聽いて居た源三郎は外へ出て行つた樣子だ。
平次はガツクリと首をうな
「あツ、あの子は出て行つた――死ぬ氣に違ひない、――お前さん、追つかけて下さい、――あの子はまだ若い。私が、私が」
お國は障子を押し倒して這ひ出すと、
× × ×
「いやだな、八。御用聞は罪が深いよ」
曉の風に、夏ながらゾツと總毛立つ樣子、――歸りを急ぎながら平次は
「俺はあのお神が、花嫁は駕籠の中でニコニコして居たと言つた時から、こいつは變だと思つたよ。その時はもう庭は暗くなつて、駕籠の中の花嫁の頭などは見えなかつた筈だ。――それから短刀の鞘に壁土の
「矢つ張り下手人は、あの伊賀屋の伜源三郎に違ひないんですね」
八五郎はまだそんな事を言つて居ります。
「氣の毒だが間違ひはないよ、――でも二人も三人も男を
「あつしに言はせると宇田川町小町と言はれたきりやうだもの、若い男が迷ふのも當り前ですよ。さう言ふあつしも少しは迷つて見度くもなりますぜ」
「馬鹿だなア、――近所に住んで居なくて、お前は飛んだ命拾ひをしたかも知れないよ」
「ちげえねえ」
無駄を言ひ乍ら、二人は、明神下の平次の家へ急ぐのでした。其處には世にも