「親分、長生きをしたくはありませんか」
八五郎がまた、途方もないことを言ふのです。
晴れあがつた五月の空、明神下のお長屋にも、
「へエ、よく/\死に度い人間は別だが、
と言ひかけて、平次はニヤニヤしてゐるのです。
「何んです、氣味が惡いなア、あつしの顏を見て、いきなり笑ひ出したりして」
「それより、お前の話を聽かうぢやないか。長生きの祕傳でも教はつたのか」
「
「江戸は廣いなア。お前のやうに、何んの藥も呑まずに、百までも生きようといふ、のんびりした人相を備へた奴も住んでゐる」
平次の
「からかつちやいけませんよ。その不老長壽の藥が當つて、この一二年間に大した金儲けをした人間があつたとしたら、どんなものです」
「結構なことぢやないか」
「二三年前までは、唯の藥種屋だつたのが、或夜
「有難いことだな」
「それを賣出したが、一錠一朱といふ小判を
八五郎は身振り澤山に説明するのです。
「不老不死は嬉しいね。尤も一年や二年では、目立つほど年を取らないから、藥の効能書などに文句を言ふ人間もないわけだ」
「その藥を呑んでも、中には死んだのもある。
「成る程、食斷ちは氣が付かなかつたな」
「そのお藥を呑むには、食斷ちの外に信心が要る」
「何をやらかしや宜いんだ」
「神農樣をお
「油ウンケンか何んかやるんだらう。節のねえ呪文なら誰にでも出來るだらう」
「どうせ
「何がいけないんだ」
「考へても見て下さい。一日一
「成程八日目に神農樣の罰が當つて死んぢや、
「親分に逢つちや
「ところで、お前の用事といふのは何んだ。先刻から言ひ難さうに持つて廻つてゐるが、お前も長生きをして見たくなつたのぢやないか」
「それなんです。近頃頭痛がして、無暗に
「その藥代が欲しいといふ謎だらう」
「へエ、お察しの通りで」
「馬鹿野郎」
「へエ?」
「百迄生きる藥なんか、お前なんかに呑まれてたまるものか。一杯呑みたいとか、友達附合ひに要るとか、せめてあの
「こりや、驚いたな、どうも」
「勝手に驚くが宜い。その神農樣のお使ひ姫に、仇つぽいのか、可愛らしいのが居るんだらう。一と月一兩二分のお
「あツ、親分は目が高けえ、百壽園には良い
「馬鹿だなア、お前が百になる頃には、その
「あツ、其處迄は考へなかつた」
「あんな野郎だ、――長生きするのにお前といふ人間は、不老長壽の藥にも及ぶものか」
平次も笑つてしまひました。まことに
江戸の噂の種を掻き集めて歩く八五郎は、生れながらの新聞記者で、好意と
錢形平次は居ながらにして、江戸八百八町に起る、もろ/\の事件をかぎ知り、シヤーロツク・ホームズのやうな叡智を働かせて、それを分類し、考察し、
その事件の多くは、平次のやうな犯罪解剖技術に
リンカーンは唯良き友人を持つたと言はれます。
百壽園の事件はそれから十日も經たないうちに、世にも不思議な犯罪事件となつて、錢形平次を舞臺の眞ん中に押しだしたのです。
「親分、サア大變ツ」
八五郎が大變を持込んで來たのは、
「いつものことだが、
平次は、口ほどには驚く色もなく、そのまゝ庭へ
「安賣りなんかぢやありやしません、飛つきりの大變なんで。根岸の百壽園から、下女のお道が飛んで來て、主人の
「待つてくれ、その壽齋とやらが、不老不死の靈藥の本家ぢやないか」
「百まで生きる藥も、人殺し野郎に逢つちや
「そいつは變な話だ」
「まだ朝飯前でしたよ。顏なじみのお道坊が根岸から飛んで來たんで、驚きましたよ。不老長壽の本家が、今朝殺されてゐる騷ぎで、いやもう」
「お道坊、お道坊と親しさうに言ふが、百壽園の神農樣のお使ひ姫といふのはその娘か」
「お道坊は唯の奉公人で、品の良いポチヤポチヤした娘ですが、まだ十六の
「亡者のくせに百まで生きたいといふのは變ぢやないか」
「一々揚げ足を取らないで下さいよ」
「成程、看板娘の親殺しは、
「でせう。だから、一つ行つて見て下さいよ。根岸までわけはありませんよ」
「三輪の萬七親分と張り合ふのは嫌だな」
「そんな事を言つたつて、あれだけの好い娘を、親殺しの罪で
「泣くなよ、八。それからどうした」
「あつしのやうなケチな人間でさへ、一錠一朱の藥を買ひたくなつた看板娘ですよ。その根岸一番の綺麗な娘が、父親を殺して良いものか惡いものか」
「――」
「お孃さんは、親を殺すやうな、そんな人ぢやないと、泣いてあつしに頼むぢやありませんか」
「それをお前が引受けたのか」
「へエ、親分の分まで引受けてしまひましたよ」
「
そんな事を言ひながらも、平次は八五郎の顏を立てて、一度その現場を見て置き度い氣になつたのも無理のないことでした。
不老長壽の藥は、
「親分、此處ですよ」
植木屋の多い西根岸、御隱殿に近く百姓地を前に控へて、まことに閑靜ですが、
「おや、八
三輪の萬七は、苦々しくそれを迎へましたが、後に續く平次の顏を見ると、默つて三角
「三輪の親分、一寸見せて貰ひたい。親殺しだと聽いたが、――嫌なことだな、三輪の親分。お膝元にそんな事があつちやならねえ、江戸つ兒の恥だよ」
平次は年寄り臭いことを言ふのです。
「錢形の兄哥が言ふ通り、俺だつて親殺しを有難がつてるわけではないが、壽齋老人の胸に、あの娘の
「――」
「六十男の胸に前から懷劍を突つ立てるのは、娘の外にあるまい、――御檢屍が遲れて、まだ其の儘になつてゐるから、念の爲に見るが宜い」
三輪の萬七はそれでも先に立つて、奧の一と間に案内するのです。
藥草園と藥屋と、本道を兼ねた不思議な家、古めかしい
「血が少ないな」
平次が最初に氣のついたのは、そんなことでした。絹物の
「短刀を突つ立てたまゝだから、血の出も少なかつたわけさ」
萬七は自分が非難されでもしたやうに辯解するのです。
「その短刀は」
「此處に置いてあるよ」
置床の上に置いた臺の上に、紙に卷いて、血に
「その刄物は、女持ちの
「
「廊下に落ちて居たよ、――これは間違ひのない證據だ」
「此處を刺せと言はぬばかりに、死骸の胸をはだけてゐるのは、どうしたことだ」
「だから娘が下手人さ。間違ひはないよ」
三輪の萬七は妙な論理を主張するのです。
「親分、濟まないが、一寸」
平次は折入つた調子で萬七を誘ひました、死骸の側には八五郎を殘して。八疊の隣りの、長四疊は、田舍家らしく雜然として居ります。
「何んだえ、錢形の」
三輪の萬七は、心持ち肩を
「この殺しは、矢つ張り娘の忍ぢやなささうだぜ」
「?」
「親殺しでなくて、江戸の御用聞もお互ひにホツとしたわけさ」
「それぢや、誰が
萬七はひどく不足さうです。
「それはまだわからないが、殺したのは、お孃さんでないことは確かだ」
「そのわけは?」
「死骸から刄物を拔かなかつたにしても、血が少な過ぎるよ。六十男と言つても、丈夫さうな人間の心の臟を刺して、こんなわけはないと思ふよ。それに、自分の懷劍で親を殺して、その刄物をそのまゝにして置くのも變ぢやないか」
「――」
「もう一つ、自分の胸をひろげて娘に刺させたとしたら、これは殺しではなくて
「フーム」
「そんな馬鹿なことはないから、念入りに調べて見ると、あれは、胸を突かれる前にひどく太いもので、絞め殺されたに違ひないと思ふ」
「そんな馬鹿なことが」
平次の話の突飛さに、萬七は
「親殺しでなくて、ホツとしたよ。まア、もう一度よく見てくれ」
「絞め殺したとしても、それは娘でないとは言ひきれまい」
萬七はなほも喰ひ下がるのです。
「太い紐は怖いよ。首には繩の跡も紐の跡もない。が、口の中と、鼻と、開いた尻を見てくれ。首に跡のつかないやうな、太い紐で絞めたものだ。――そんな太い紐で、聲も立てさせずに、大の男を殺すのは、怖ろしい力だ。若い女の子に出來ることぢやない」
「――」
萬七は默つてしまひました。
「親分、大變ですよ」
八五郎は部屋の外からわめくのです。
「大變の
平次はいつものことで、腰もあげずにたしなめます。
「下手人が
八五郎はなほもわめき續けるのでした。
「成程、そいつは
「手代の喜之助ですよ、今其方へつれて行きます」
と言つて置いて、店へ引返した八五郎は、二十四五の若い男、少し華奢ですが、神經質らしい男を連れて、平次と萬七の前へやつて來るのでした。
「お前が主人を殺したといふのか」
それを迎へて、三輪の萬七が噛みつきさうな顏になるのも無理のないことでした。平次に散々言ひ負かされた後で、何より活きた證據の下手人に名乘つて出られては叶ひません。
「飛んだことをしてしまひました。私が惡うございました。どうぞ、お繩を――」
喜之助は言ふこともしどろもどろに、大の男のくせに泣きじやくるのです。
「考へて物を言へ、主殺しは
「へエ」
さう言ふ全身が木の葉のやうに顫へるのを、唐紙につかまつて、必死と我慢してゐる樣子でした。
「わけを言へ、何んで主人を殺す氣になつたんだ」
「お孃樣との間を疑がはれて、明日にも追ひ出されることになつて居りました」
「疑はれ――と言ふところを見ると、お前はまだお孃樣と出來てゐなかつたのか」
八五郎が横から餘計な口を出します。
「へエ、附け文を落して、それを主人に拾はれてしまひました。主人はあんな風ですから、カンカンに腹を立てて、三年越し溜めて主人に預けてある給金を、一文も返してくれずに、
「何んと言ふ間拔けな面だ」
三輪の萬七は
「私は腹立ち
「どうした」
「お孃さんが親殺しの罪で、
喜之助は
「それほどお孃樣の爲を思ふお前が、お孃樣の持物とわかつてゐる短刀で御主人を殺したのはどういふわけだ」
平次は大事のことを訊くのでした。
「そんな馬鹿なことが、あるわけもありません。私は私の持つてゐる
「さうだらうと思つたよ。主人の死骸の胸には、傷口が二つあつた。一寸見には一つに見えるが、死んだ人間の身體の傷は正直だ、傷口は
「そんな事があつたのか」
三輪の萬七は乘り出しました。
「その主人を突いた匕首をどうした」
「夜店で買つた、大なまくらですが、血が附いて居て、氣味が惡いから、朝のうちに外へ出たとき、御隱殿裏の
それを聽いた平次が、八五郎に眼配せすると、八五郎は直ぐ外へ飛んで出た樣子です。
「では、一つだけ訊くが、この家にお前とお孃さんを張り合つた者がある筈だが、それは誰だ」
「そんなものはございません」
「男は居ないのか。お孃さんは大したきりやうだから、男の切れつ端が居さへすれば、一應疑はなきやなるまい」
萬七も、平次の調べに引摺られて、斯んなところまで氣が廻るのです。
「男と言つても、
「その扇三郎は三十そこ/\の若さぢやないか。――尤も女房持ちといふことだが」
「深川にお神さんが住んでゐるさうですが、もとは藝人だつたやうで。本人もそれを自慢にして居りますが、身體は弱いけれど、堅い一方の人です」
「八百吉は」
「あれはまだ子供で、十四になつたばかりで、――その外は下女のお道だけ、これは可愛らしい盛りの十六」
「皆んな唯の奉公人か」
平次が訊ねました。
「扇三郎さんは番頭さんで、
「それから?」
「八百吉は少しは
「――」
「お道坊は良い娘です。本當に可愛らしいが、まだほんのねんねで、よく働きますが、――何んでも百壽園の先代の忘れ
「すると、いよ/\人でも殺しさうなのは、お前の外にはなくなるわけだな」
三輪の萬七はイヤなことを言ひます。
「親分、私はもう」
喜之助は手放しで泣くのです。
その中へ、店の方から又どよみ打つやうに、一團の人數が入つて來ました。眞つ先に立つた八五郎は、
「番所からお孃さんを貰つて來ましたよ。宜いでせうね、三輪の親分」
八五郎は言はでものことを言ふので、三輪の萬七の苦い顏といふものはありません。
「錢形の親分さんが、お孃さんを救ひ出して下すつたのよ」
そのお孃さんの後から、そつと
「有難うございます」
さう言はれて、平次の横の方から、そつと手を突いたのは、目の覺めるやうな娘でした。不老不死の靈藥よりは、もつと利き目のあつたらしい、
それに寄り添つた小娘、――十六になるといふ、下女のお道も、平次には最初の出逢ひですが、これは初々しく可愛らしく、働き者といふにしては、あまりに邪念のない顏です。
「お孃さん、この懷劍は何處に置いてありました」
「さア、母の形見ですが刄物は怖いから、――いつも、
平次の最初の問ひは少し變つてをります。
「その用箪笥といふのは?」
「父の部屋に置いてあります」
「其處へは誰でも入るでせうね」
「いえ、私か、お道でもなければ」
「この店で、
「扇三郎はひどい左利きですが」
平次の問ひは妙な方に發展して行きます。それをうさんに見守る三輪の萬七に平次はそつと囁きました。
「死骸を刺した刄物の跡は、
「それは?」
「まア、宜いや、どうせ主人は胸を突かれて死んだわけぢやない。ところでお孃さん、御主人が亡くなつても、藥の商賣には不自由はないでせうね」
「ハイ、番頭の扇三郎どんが、何も彼も承知してをりますから」
この答へには、容易ならぬ
「親分、大藪の中で、この
八五郎が椽側から聲を掛けました。手には大ダン平ほどの、背の厚い匕首を持つてをります。
「血の
「そんなものはありやしません」
「よし/\、お前は店に頑張つて、誰も外へ出さないやうにしてくれ。頼むぜ、手が足りなかつたら、――」
「それは大丈夫で、土地の者が五六人手傳ひに來ましたから」
「よし/\、油斷をしちやならねえ。それから、店の者を一人づつ此處へよこすんだ」
「へエ、承知しました」
八五郎が店へ行くと、あとは平次と萬七と二人になります。女二人はお道が先に立つて、お勝手に下がつた樣子です。
「ね、錢形の、匕首で主人を刺したのは、――その時死んでゐたにしても、喜之助に間違ひはあるめえ、本人がさう言ふんだから」
「死骸と氣がつかずに刺したのだらう」
「これも許せねえが、その後で、女持ちの懷劍で、死骸の胸傷あとを刺したのも勘辨ならねえ野郎だ」
「お孃さんに親殺しの罪を
「その野郎は、左利きの番頭の扇三郎だらう。蒼白くてにやけて、嫌な野郎だと思つたが、お孃さんを
三輪の萬七は今にも店へ飛んで行つて扇三郎をしよつ引かうとするのです。
「あの野郎は勘辨のならねえ野郎だから、いづれは三輪の親分に縛つて貰ふが、それより前に、主人の
「フーム」
壽齋は刺し殺される前に、太いもので絞め殺されてゐた筈です。
「この家で、一番弱いのは誰だらう?」
平次は又妙なことを訊きます。
「番頭の扇三郎だらうよ」
「強いのは?」
「小僧の八百吉だよ。たつた十四だといふが、大變な身體だ。八百屋の伜で、
「それを呼んで見てくれ」
斯うなると、
三輪の萬七に呼んで來られた小僧を見て、平次も少し驚きました。たつた十四といふのは、この頃の人の迷信で、四十二の二つ子を嫌つて、歳を二つサバを讀ませた事があと後でわかりました。それにしても、非凡の體格で、ある名力士の少年繪姿を見てゐるやう、前髮姿が不似合ひで、愛嬌のある童顏も憎めません。
「お前は八百吉といふのだな」
「へエ」
「何時から奉公して居る?」
「二年になります」
「主人をどう思ふ」
「――」
八百吉は默り込んでしまひました。
「お前は力があるさうだな」
「――」
ほろ苦い得意の色が、少年らしい顏を輝かせます。
「その押入を開けて見ろ」
八重吉は
「この邊はもう、
「――」
「その
「?」
「端つこの方が、太くよれて居るのはどう言ふわけだ」
「――」
「俺が言つてやらう、――
「――」
「見るが宜い。死骸の
「――」
「主人が
「――」
八百吉は打ちのめされたやうに首を垂れるのです。
「どうだ、八百吉。わけを言へ、主人を殺さうといふのはよく/\の事だ」
平次はこの少年が妙に憎めなかつたのです。
「親分、お道さんが可哀さうで」
「?」
「お道さんは、百壽園のもとの主人の娘です。それが、この藥草園も、家も、何も彼も横取りされた上、奉公人同樣に扱はれて、その、その上」
「その上、どうした」
「主人の
それは無理もないことでした。お道と仲の好い八百吉は、お道が泣きながら訴へる訴へを、身をかきむしるやうなやるせなさで聽いてゐたのです。
「それで、主人を殺す氣になつたのか」
「昨夜といふ昨夜、お道さんは、――もう逃げ出す外はないと、私に泣いて言ふのです。お道さんは、死ぬまでこの家にゐたかつたし、仇同士の
「で?」
「私は一と晩暗い廊下で樣子を見てをりました」
「ひどく蚊に刺されたやうだな」
少年の顏や手足に、
「夜中にお道さんが、主人の部屋から逃げ出しました。そして、あとで主人が苦しみながら人を呼ぶ聲がしたので、私が飛んで來ると、主人は、床の中から拔け出して、苦しんでをりました。それから」
「それから、蚊帳の裾で、主人を絞めたのだらう。主人を殺せば、どうなるか、知らない筈はあるまい」
「私は夢中でした」
その時まで默つてゐた三輪の萬七は、
「野郎、立てツ」
大きな眼を
「三輪の親分、待つた」
平次は靜かに呼留めました。萬七はこの手柄を平次に持つて行かれさうで、一寸の油斷もなく、この機會を
「まだ何んか用事があるのか」
「主人の壽齋は、絞め殺されたわけぢやない」
「何?」
「八百吉に絞められる前に、主人は毒を呑んで死にかけてゐた筈だ」
「何んだと?」
「苦しさうに聲を立てたのはそのためだ。放つて置いても、壽齋は間もなく死んだ筈だ」
平次の言葉の豫想外さに驚いたか、三輪の萬七も暫らくは立ち
「死骸の口の中を見るが良い。いや、身體も只事ではない、間違ひもなく毒の跡だ」
「――」
「これからフリ出しに戻つて、主人の壽齋に毒を盛つた奴を調べなきやなるまい」
平次は、何にか當てがあつたのか、悠々として落着き拂つてをります。
「勝手にしやがれ」
「此處は名題の百壽園で、主人の壽齋は不老長生の靈藥を拵へて賣つてゐる。不老長生の藥と言へば、數限りもないが、第一に
この事件が始まる前、平次は
「で、壽齋は自害でもしたといふのか」
三輪の萬七は
「いや、壽齋は、間違つて死んだのだよ。六十歳の壽齋は、十六歳の
「そんな馬鹿な」
「それとも、三人も四人も並べて
「勝手にしやがれ」
三輪の萬七は、此處まで來ると。消えてなくなる外はありません。
「へエ、良い心持で。三輪の親分は、自慢の煙草入を忘れて、
こんな事を言ふのです。
「俺達も引揚げようか」
平次は大きく
「すると、誰も縛らずに」
「一番憎いのは、匕首の後へ、女持ちの懷劍を打ち込んだ奴だ」
今で言ふ屍體
「驚いたね、どうも」
「驚いた
店を出ると、平次はそつと後ろを指さしました。振り返ると建物の袖のところへ、若い下女のお道が、兩掌を合せて此方を拜んでゐるではありませんか。
粗末な
「あ、あの娘が」
「百壽園の主人が
「それぢや」
「後ろを振り向くな、默つて歩け」
「へエ、でも、あの
「わかつたよ、――眞つ直ぐに行け。明神下には
平次は八五郎を
この後、百壽園は唯の生藥屋になり、美しい娘の
八五郎は相變らず、不老不死の藥にも及ばず、百歳フラツトまで、のほゝんで生きさうな顏をしてをります。