審議用意見提出資料


青空文庫は、著作権保護期間の延長に対して、一貫して反対してきました。2005年には、文化庁の文化審議会著作権分科会が保護期間の70年延長を検討しはじめましたが、各所での盛んな議論の末、2009年に同小委員会は報告案をまとめ、延長に関しては「意見集約には至っていない」として、保護期間延長の検討はいったん先送りとなりました。

しかしながら、そのかたわら通商交渉であるTPP(環太平洋経済連携協定)では、コンテンツ産業の利益の増大を狙うアメリカによって、同国のTPP関連知財要求項目に保護期間延長が盛り込まれ、日本がTPP交渉に参加するに至って、その保護期間延長の暗雲がまたもや広がり始めました。

青空文庫も、呼びかけ人・富田倫生を中心にそうした動きへ警鐘を鳴らし続けました。2013年6月29日の「TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム」(ThinkTPPIP)のシンポジウムに登壇した富田氏は、芥川龍之介「後世」を引き合いに出しつつ、文化にまつわることが経済的なものさしだけで測られてしまうことへの違和感を表明しました。

同年の富田氏の急逝後も、その意思を引き継いで、2015年3月8日には、ThinkTPPIPによる「TPP著作権条項に関する緊急声明」に「賛同」し、そして同年10月7日には、TPP大筋合意との報に際して、「声明」を出しました。

以下の文書は、10月末に文化庁著作権課から青空文庫へ寄せられた、意見提出の求めに応じてまとめられたものです。11月4日の文化審議会著作権分科会:法制・基本問題小委員会(第6回)で配布されましたが、残念ながら詳細に審議された形跡はありません。元資料はリンク先にもPDFファイルで公開されていますが、ここではテキストの形で再録したいと思います。


平成27年10月29日
青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/
[email protected]

文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会(11月4日(水))
審議用意見提出資料


目次

  1. 青空文庫等各種デジタル・アーカイヴと知的財産の活用について
  2. 著作権保護期間の延長について
  3. 非親告罪および法廷損害賠償制度について

1.青空文庫等デジタル・アーカイヴと知的財産の活用について


 青空文庫では、知的財産に関する今回のTPP協定の合意と今後の著作権法改正が、自分たちに対してのみならず、パブリック・ドメイン(著作権保護期間の満了した公有財産としての作品)を共有していく新しい文化のあり方にも、大きな影響を与えるのではないかと危惧しております。
 TPP大筋合意との報道に際して、先日当文庫のサイト上で公開した文章でも触れておりますが(参照:http://www.aozora.gr.jp/soramoyou/soramoyouindex.html#000473)、青空文庫に関わるボランティアは、その多くが作家や作品のファンであり、また少なからぬメンバーが、自分たちの好きな本がいつまでも読み継がれ、世界じゅうで自由に分かち合われ、これから先も公有財産として大切にされてゆくことを強く願うだけでなく、共有された知や文化が社会に循環され、次の新しい創作物が生まれて未来の文化が育まれてゆくことを心から祈って、日々の作業に取り組んでおります。
 著作権法ではその第一条に、権利を定めて保護を図る一方で、作品が広く公正に使われることにも意を払うこと、保護と利用、双方を支えとして文化の発展を目指すことが謳われています。だからこそ保護に期限を設け、社会の資産として広く活用されるよう願って、あるところで個人の手を離れるように定めています。
 この文化の共有を公的に保証するあり方は、インターネットを得てはじめて、実効性のある仕組みとして機能しはじめ、そして簡便な電子端末を得てようやく、その益を広く享受できはじめています。延長が現実のものとなれば、青空文庫含め、自分たちの文化を社会で共有していく試みが制約され、自由な文化は確実に狭くなっていくでしょう。
 著作権の保護期間が満了するまで経済的価値を持つ作品はごく少数です。その数少ない作品の利益を守るために、そのほかの作品が社会で再発見され、再び人々に共有されることを妨げるのは、作品の公正な利用という側面からも問題があるものだと考えられます。多くの作品を長く社会や文化のなかで大事にしていくためには、保護と利用のバランスを考えても、そうした再発見や再活用の可能性をできるだけ大きくしておくことが必要です。
 青空文庫はよく、文学作品が無料で読める、という形で言及されますが、同じ「フリー」でも、この一件は、単に「モノが無料で手に入るかどうか」ではなく、「文化が自由であるかどうか」の問題であると考えております。
 当文庫はインターネット図書館というよりはむしろ、ボランティアや読者、さらに活用する人たちで作る、ひとつの共有文化のようなものです。「自由」に「見てほしい」「読んでほしい」「残ってほしい」、そして「活用してほしい」と、ボランティアひとりひとりが思った作品を自ら電子化し、青空という共有の棚へ並べてきました。
 また活用する側もこれに応じるように、自分から「こう読んでみたい」「こう届けてみたい」と考えて、自由なやり方でパブリック・ドメインを扱い、ネット上での朗読だけでなく、携帯端末のアプリや耐水性の本、視障者向けの読書支援、用例検索サービス、または二次創作など様々なことをしてきました。
 つまり青空文庫を初めとするデジタル・アーカイヴで公開されるパブリック・ドメインは、ただ単に読まれるだけでなく、自由に朗読されたり、あるいは教育利用としてテキストやテスト問題等に活用されたり、視障者向けの音訳本や点字本・拡大本に活用されたり、海外にいて日本語コンテンツを手に入れづらいユーザーや研究者の益に供されたり、またビジネスでも新技術や新サービス等(お風呂で読める本やオーディオブック、オンデマンド本)が開発された際のPR用のコンテンツとして用いられたりすることがあるわけです。
 また、これまでにも朗読コンテストや漫画化コンテスト、表紙絵コンテストなどが、各種団体や企業で独自に実施されており、若いクリエイターが名作の肩を借りて競うことも行われています。もしこのまま進んでいけば、創作者たちがさらに多くの作品と自由に触れあうことで実力を伸ばし、より豊かな文化が生まれていくことでしょう。
 さらに青空文庫などでパブリック・ドメインが電子化されれば、埋もれた作品に再び光を当てることにもなります。作家の死後50年ましてや70年後まで、市場に流通する作品はごく稀です。しかしながら、作品が電子化されてインターネットで合法的に共有されることで、作品と出会いやすくなり、そこから再発見される作家は少なくありません。作家は何よりも自分の作品が読み継がれることを望み、そして芸術の愛好者たちも、自らの愛する作品がより広く愛されることを望んでおります。青空文庫を初めとする各種デジタル・アーカイヴは、そうした希望の受け皿ともなっております。
 芥川龍之介の「後世」という短文でも、五十年百年ののち価値観が変われば、自分の作品が読まれなくなっているかもしれないが、それでも図書館の隅にあるのを誰かが見つけ、一行一文字でも読んで、何かしらの幻や蜃気楼などを思い浮かべてはくれないだろうか、と切なる願いを記し、後の世に自身の本が保存されて読まれる可能性がせめて残ることを希望しています。(参考:http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card33202.html)
 こうした願いを受け止める形で活動してきた結果、今では在外邦人や、日本に興味を持つ海外の方々にとっても大事な読書・研究リソースとなっており、国内のみならず海外も含めて、貴重な文化的財産を国際的に共有するという文化ができあがって参りました。こうしたデジタル・アーカイヴは、インターネットを介することで、海外での日本の理解や友好を深める役割もあるわけです。
 著作権保護期間の延長は、ごく一部の著作権者の利益を増やすことができる反面、パブリック・ドメインから広がるこうした豊かな活用や、作家やファンの願いを、確実に狭めてしまうものでもあります。そのような立場からすれば、影響はただ青空文庫のみならず、日本ひいては世界の文化へ大きな害を与えるものとなるではないかと、たいへん憂慮しております。
 当文庫は、開設の際の趣意書「青空文庫の提案」にもあるように、「青空の本は、読む人にお金や資格を求めません。いつも空にいて、そこであなたの視線を待っています。誰も拒まない、穏やかでそれでいて豊かな本の数々を、私たちは青空文庫に集めたいと思うのです。」として、読者の範囲を制限せずに活動を続けて参りました(参考:http://www.aozora.gr.jp/cards/001790/card56572.html)。ゆえに人々が自由に読むとともに、自由に活用できていますし、そしてそこから新しい文化が生まれ、それが基盤となって新しい経済活動も生まれてくるのだと思います。
 今ようやく芽生えてきたパブリック・ドメインによる豊かで多様な共有文化が損なわれないような、柔軟な著作権のあり方を切に望みます。

2.著作権保護期間の延長について


 わが国の文化・社会にとって重要な決定が国民不在の密室の中で行われ、21分野一体のため事実上拒否できない妥結案だけが国民に提示される事態を、たいへん遺憾に思います。
 1.でも述べたようなパブリック・ドメインによる豊かで多様な(かつ合法的な)共有文化が、経済交渉の都合のみで損なわれるようなことは、できるかぎり避けるべきだと考えます。そのため、著作権保護期間延長を受け入れる場合でも、過去の著作物については最大限柔軟な利用を許すような法的枠組みが必要であると考えます。
 ①最も積極的な打開策は、保護期間の延長を「これから創作される著作物」に、あるいは、「現在存命の著作者」に限ることでしょう。TPPの施行以後(ないし以後に存命の人物)の創作物に限ることで、今活動中の創作者へのインセンティヴは確保できるでしょうし、また同時に過去の作品のアーカイヴおよび活用を進めていくこともできます。
 ②ただしそれでも、著作者の不明(連絡不能)ないわゆる孤児著作物については、とりわけ戦前・戦時中に亡くなったとおぼしき著作者はその家族も戦中に行方不明となっている場合も少なくなく、パブリック・ドメインの確証が高くとも、市民・企業や私立・公立のパブリック・デジタル・アーカイヴ等には利用しづらいものとなっています。
 そこで取り得るのは、アメリカ合衆国で「1923年1月1日以前の著作物がパブリック・ドメイン」とされているように、ある特定の年以前の著作物に関しては、一律パブリック・ドメインとする措置をとることです。アメリカと歩調を合わせるのであれば、少なくとも「1923年(大正12年)」以前の著作物はすべてパブリック・ドメインとすべきであり、または積極的に推し進めて何らかのみなし規定をもって、昭和以前の著作物、あるいはすでに公表から70年経過している1945年(昭和20年)以前の著作物は、登録の申し出がなければパブリック・ドメインとするような思い切った解決策も必要かと思われます。
 保護期間を生存期間に基づいて計算する現行の制度は、あまりに多くの孤児著作物を生みすぎるため、青空文庫を初めとする民間および学術的デジタル・アーカイヴ計画にとって、大きな障害となっています。そしてその活用が困難となるために、現時点でも大きな社会的・経済的損失を与えているものと考えられます。
 よって「特定年以前の著作物の一律公有化」と「部分的登録制度の導入」を、そして延長については「現時点以後の著作者・著作物に限ること」を強く求めます。
 ③またアメリカについては、本国ではパブリック・ドメインとなっているものでも日本では保護されている作品があり(万国著作権条約の特例法以前のアメリカの著作物)、これも孤児的なものは利用しにくくなっています。また、翻訳権十年留保の規定から翻訳可能となっている作品については、「翻訳権」の定義が曖昧で、旧法上インターネットでの利用やさらなる二次創作・翻案などについても想定されていないため、現在の利用に合致していません。現時点でも万国著作権条約の特例法以前のアメリカの著作物については、過失による侵害も少なくないため、非親告罪化による弊害が強く、はっきりと相互主義を適用すべきであり、また翻案等の位置づけの明確化も必要と思われます。翻訳権十年留保規定で翻訳可能な著作物は、インターネット上での利用が可能なのか、また朗読や劇化などが自由に許されうるのか、パブリック・ドメインと同等に扱って良いのか、不明瞭であるため、翻訳権および翻案の定義の明確化が強く望まれるでしょう。

3.非親告罪および法廷損害賠償制度について


 青空文庫を初めとする各種デジタル・アーカイヴは、法律を遵守して活動することを旨とし、公正な利用と保護によって文化の発展を目指す著作権法の理念に基づいて、保護期間の満了した著作物を電子化しております。また当文庫では「青空の本」として、読む人にお金や資格を求めず、さらに著作権者本人が公開を希望する本もまた、一定の条件のもとで継続的に受け入れております。
 もちろん著作権の侵害がないよう細心の注意を払って活動しておりますが、過失がないとは限りません。その際、単純な非親告罪および法廷損害賠償制度が導入されていれば、こうしたデジタル・アーカイヴは多額の賠償金を支払うことになり、文化的・学術的に過去の記録を保存公開していくプロジェクトは継続不可能になることもあるでしょうし、またこうした過失による損害を恐れるあまり、アーカイヴ活動そのものが萎縮してしまうことさえありえます。
 また非親告罪から「市場における原著作物等の収益性に大きな影響を与えない場合」が除外されるにしても、大規模のデジタル・アーカイヴであれば(当文庫も含めて)何かしらの市場への影響を与えることになるおそれもあります。さらに「複製権侵害に限定する」にしても、こうしたアーカイヴは同人文化とは異なり、原典のまま複製することになるため、その規程により除外されることにはなりません。
 その点からも、「公益性を持つ活動やアーカイヴは別とする」除外規定を盛り込むことが必要なのではないかと考えます。自由活用可能なものとして無償配布するような、公益性のある学術および民間の団体・活動については、今後の日本の文化・学術を世界規模で振興するためにも、何かしらの救済措置を望みます。

以上



更新履歴:「青空文庫」
   2015(平成27)年10月29日
2016年1月1日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




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