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図書カード:No.58129

作品名:赤い婚礼
作品名読み:あかいこんれい
原題:Red Bridal
著者名: 小泉 八雲 

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作品データ

分類:NDC 933
作品について: 「来世もその先もずっとよ、わたしはあなたの妻、太郎さま」
 舞台は明治20年代の水田の広がる農村で、そこにも文明開化の波が及び近代化しはじめる社会が背景となっている。物語は笑い(嗤い)に始まり笑い(微笑)に終わるが、衝撃的な結末へと導くレールにどこで乗ったのであろうか。
 子どもの頃の傷つきやすくも無邪気な日々、そして心優しい幼なじみへの淡い憧れ、そうした甘美な時が強い共感を醸し出す。主人公の少女(お芳)は今は没落階層である武家の血を引いており、プライドを持ちまた他者への配慮もする優しい女性である。
 少女の継母は身分制崩壊後の新興階層の一つである農民の出である。継母はこの階層の持つ資本主義的特質・エートスを受け継いでおり、お芳を婚姻市場における交換価値に目を付けて高く売り込む。この“邪悪”な取引のために若い純朴な恋は成就しなかった。だが開化の象徴ともいえる鉄の機械の固まりが発する黒煙・甲高い警笛そして鉄の轟音の中で二人はさらに永遠なるものへと昇華していく。

 これは、現代の私たちにも「深い感動が残る」(牧野陽子『ラフカディオ・ハーン』148頁(1992、中公新書)作品であるといえる。心中・悲恋物語、継母いじめ譚、わが国の学校教育制度、鉄道・電信などの社会史としても様々に読むことができよう。
 なぜ罪もなくして失われた者たちよ。「私この小泉八雲、日本人より本当の日本を愛するです」(小泉節子「思い出の記」)という「本当の日本」をこの作品でも描こうとしたのか。感動を呼ぶための説得性の一つは本作品のバックボーンである士族階級と農民階級の気質・エートスの違いとその評価であろう。ハーンは前者の価値と優位を肯定するが、これがハーン個人の好みや価値観が色濃く出たものならば「本当の日本」とは異なってしまうことにもなろう。また、武士階級の価値・理念を肯定する態度は、作品が書かれた明治中期の当時や今日でも旧弊固陋にも映り、作者自身のイメージすら損なわないだろうか。
 本当の日本はどこに。武士階級の倫理やエートスを優位に置く見方や評価はありえたのか。当時の見解として「西洋の文明開化は銭に在り」(福沢諭吉全集10巻269頁)と見る一方で、高尚なる種族としての士族の道徳や気質を支持する(『時事小言』同5巻など。ただし、士族とはサムライだけではなく広く豪農や医師など教養人を意味)など、当時なお武士の倫理観を高く評価する見方もあったのである。とすれば、ハーンもこのような見解に近いかあるいはそのような言説を踏まえたものかと思う。
 二人に苦しみを強いたのは誰(何)か。新しく西洋から来る旧慣に捕われない物質的で現世的、また合理的な考えが興隆する反面、人々の純朴で信仰深い心情や精神は喪われてゆく。前者に対する異議申立ての中で生まれた悲劇として、汽車は近代産業という新時代の勢力のシンボル、それに踏み砕かれた二人は士族精神・道徳の体現者ということになろうか。鉄道の比喩といい純朴・真摯に生きることが死や苦しみをもたらすという意味あいでは『アンナ・カレーニナ』さえ連想される。

 本作品は『東の国から』Out of the East(1895)に所収。初出は“The Red Bridal”, The Atlantic Monthly Vol. 74, Issue 441 (July 1894) [pp. 74-85](原文はコーネル大学のサイト [2016.8.15閲覧]). 松江時代の、“Suicide on Railway”, in Japan Weekly Mail 1891年2月28日付の新聞記事 (同記事の全文と試訳は本文の訳注に掲載)にヒントを得て、約3年弱ほど温められた後、熊本時代に書き上げられて上記 Atlantic Monthly 誌に掲載された。
 悲恋や継母譚を超える共感はどこから。上の Japan Weekly Mail 記事の時期の前後にも、作者は実際に松江で起きた若者による心中事件を詳細に書き留めている。1891(明治24)年1月25日と同年4月15日である。1月の事件は作品「心中」でも触れられているが、当事者の源氏名が「よし子」というのも本作品の登場人物名に関連するかもしれない。また主人公たちへの作者の一貫した共感はつぎのものに現れているように思う。「私は変わり者だから、血気盛んな青春時代に恋や名誉のために自殺できるような気性の人々はもっと心が広く、もっとも勇気ある人々の仲間だと信じている。」(「島根・九州だより」(桝本幹生訳)『ラフカディオ・ハーン著作集第15巻』(恒文社、1988)472ー473頁)。
 なお、心中・情死を扱ったものには「心中」(『知られぬ日本の面影』所収)、「死生に関するいくつかの断想」(『東の国から』)などがある。 (林田清明)
文字遣い種別:新字新仮名
備考:

作家データ

分類:著者
作家名:小泉 八雲
作家名読み:こいずみ やくも
ローマ字表記:Koizumi, Yakumo
生年:1850-06-27
没年:1904-09-26
人物について:wikipediaアイコン小泉八雲

分類:翻訳者
作家名:林田 清明
作家名読み:はやしだ せいめい
ローマ字表記:Hayashida, Seimei

底本データ

工作員データ

入力:林田清明

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関連サイトデータ

サイト名:海城の詩
URL:http://www.geocities.jp/kaijyonouta/index.html

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